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選挙へ行けば終わりではない:一般質問こそマニフェストのアピールの場

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル


     全国ワーストの烙印を押された富山市議会の選挙も終わりました。私は別に共産党が好きな訳がない。なのに共産党の議席が増えたことを喜ばなくてはいけないくらいに、腐っていると言ってもいいと思います。志麻がいなくなったら益々酷い議会になった、と言われないようにして欲しいのですが。
     なぜ富山市の議会は酷いのだろうか。有権者が無関心なことは全国どこでも一緒だと思うのです。合併してからこの4年間、議会は民意からどんどん離れていきました。その最たるものが、一般質問制限です。
     富山市議会は旧富山市の頃から、議会で一般質問の制限などしていませんでした。合併後当初も質問は自由にできたのです。この時は1回の定例会で3日間、1日6人で18人できたのです。48人居る議員のうち18人しかできなかったのですが、質問の取り合いなどありませんでした。日程が全て埋まった試しがなかった、というのが実情です。議員が党の拘束もなく一個人として自分のマニフェストの実現をアピールできる唯一の機会です。なのに質問もしたくない議員がいかに多かったかが伺われます。
     どんなふうに理由付けされたかは分かりません。最大会派の議員は数が多くて、質問の機会が与えられなかったなどいうのは全くの出鱈目。前述のように日程が全て埋まった訳でもなく、会派として順番が廻ってきて嫌々質問するときは、持ち時間の半分も使わないで終わったり、原稿をわざとゆっくり棒読みして時間を稼いだりしていたのです。市民が無関心なことをいいことに、そういうことをやっていました。
     質問制限をしたのは、行政側が煩い議員を抑えるためでもないし、事務局が日程的に苦しいから何とか削減して欲しいと言った訳ではありません。議員が自ら質問制限のルールを決めたのです。そうすることで、一般質問も定例会毎に2日に短縮されました。にも関わらず、1日6人で6時間のところ、一般質問の日も議会が早く終わってしまいます
     これらを勘案すると、質問制限は「質問の機会が与えられなくて困っているから」ではなくて、「質問する能力がなくて困っているから」という理由しか考えられないことになります。
     こうした惨状を見かねて、熱心な市民は定例会ごとに質問制限撤回の請願を出しています。先月の定例会で10回を数えたようなのだが、その時の「セレモニー」は以下のとおりです。

    ・議長(委員長?)から、請願があったことを報告(正式名称を忘れました)
    ・賛成討論
    ・採決の結果反対多数で否決

     傍聴へ行っている有権者は、毎回同じ「ビデオ」を見せられているのです。本来ならば「賛成討論」の前に「反対討論」があります。反対するのであれば1人でも反対討論すべきなのです。でもそれができる訳がありません。つまり「理由なき反対」なのです。反対理由が「質問制限を設けないといつも決まった人ばかり質問して質問できない議員が出る」と言えば嘘つきになってしまいますし、かといって「質問したくないから制限をつけて欲しかった」と正直に言う訳にもいかないからです。もし正当な理由があれば堂々と反対討論ができるのに、それをやらないのはそういうことなのではないだろうか。請願に反対する議員はこのことを支持者に突っ込まれることはないのだろうか。もし突っ込まれたら上記のような嘘をつくしか方法がないでしょう。
     今回の選挙で、いくら何でも公約を見て投票している人は0人ではないと思います。そのような方たちに言いたいのは、1票を投じた議員がその公約を本当に実現しようとがんばっているかどうかを、しっかり監視して欲しいと言うことです。それを市民が全くやらないものだから、公約など選挙時の一時しのぎに過ぎないものになっていることを、申し上げておきたいと思います。

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      • 2017.10.19 Thursday
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      • 11:53
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      コメント
      本気で腹を立てている人がいて、安心しました。そういうふうに「なんとかならんのか」と思っている人がいて、本気で発信している人がいるということに、慰めを感じています。
       富山の人は多分なかなか動かなくても動き出したら本物になるのではないかと、密かに期待しています。
      • zen
      • 2009/04/21 2:02 PM
      ブログはメンテとかで今やっと見られた。

      何事もスタートは一人、彼の役割はあったと思っています。次の方策はまだ見えないが、熱意を失わず声の集まる方向へと常に目を向けていることです。市民もいつまでも放ってはおかない。私達が先に気付いたが、温度差を解消するまでに至らなかったということです。
      • ノラ
      • 2009/04/21 2:32 PM
       zenさん、ご訪問ありがとうございます。私一人では何もできないのですが、無関心でかつこの惨状に怒りさえしない市民に失望しておりました。一人ひとりが勇気を持って声を上げれば、何でもないことだと思うのですが。
       とにかく議会や議員にみんなもっと関心を向けない限り、世の中がちっとも良くならないと思います。
       ノラさん、今度の4年後まで息の長い活動をする必要があるかも知れません。落選した人も今から地道な活動をして欲しいと思っています。
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