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地方議員は「代表者」ではなくて「代理人」

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    JUGEMテーマ:地方議会



     拙請願は3月、そして6月ともに不採択になりました。ともに議会で決まったことに異議申し立てをしたように捉えられましたが、そもそも私がどうして請願をしたのか、ということを自分なりに改めて振り返ると、やはり出さざるを得なかった、という思いがあったのは事実です。
     そもそも私が行ったのは「異議申し立て」などという単純なものではありません。傍聴して議論を聴いたなかで、何だか論点が外れているような気がした為に、議論の仕方がおかしくないですか、ということを伝えたかったのです。
     そうしたなかで出された請願、まるで議会そのものを否定しているように捉えられたことは、本当に残念に思います。私なりにかなり丁寧に、議会と対立しないよう心を砕いたつもりですが、それなのに「議会制民主主義を否定するもの」とレッテルを貼られた訳です。
     2月11日に開催されたフォーラム’58の市政報告会において、講師の梅本清一氏は大事なことを言われました。「地方議員は代表者ではなくて代理人」ということです。国会議員は正に代表者で、当選は有権者から白紙委任されたのと同じなのに対して、地方議員はそうではなく、常に住民と対話したなかで、当局に必要な提案を行わなければいけない、といった内容でした。
     それに対して今回の請願における不採択の理由のなかに、まるで「議員は住民から白紙委任されているのだ」と言わんばかりの論理で、請願の内容が良いか悪いかではなく、「請願の紹介議員になること自体がおかしい」という言い方がありました。こういうのを聴くと、地方議員たる者が国会議員と勘違いしていないか、と言いたくなる次第です。
     3月の「政務活動費の有効活用に向けた請願」の委員会審査において、赤星ゆかりさんは良いことを言って下さいました。「市民からも意見を求めよと指摘したのに、議員だけで運用指針を決めたからこのような請願が出るのだ」ということです。6月の「一般質問における持ち時間の議員個人への割当て等を求める請願」にしても、やっぱり議論そのものに市民目線が感じられなかった、だからこそ出した請願だと言えるでしょう。
     市民の声を聴かない議会に対しては、何らかの方法で声を伝えなくてはいけない。議員には市民の声を気かないからこそ、このような請願が出るのだということを、是非認識して頂きたいと思います。
     こんな調子ですと、今後市民の声がうるさいから請願を制限しよう、という動きにつながる危険性も感じております。事実5月17日における議会改革検討調査会において、ある会派から以下のような提案がありました。

    (議会改革検討調査会等の議論の尊重について)
     例えば、議会改革検討調査会において議論されている件について請願がなされた場合、請願内容が本会議において採決されてしまい、本調査会の議論そのものが形骸化するおそれがある。紹介議員制をとっている以上、請願者にその旨を理解してもらうよう対策すべきである。

     こうした制限は本当にいかがなものかと思います。確かに何でもかんでも請願を受け付けるのは問題でしょう。でも、例えば調査会の議論を傍聴した市民が、何だか論点が外れていると感じた場合、実際にそれを伝えるのに請願という手段を使ってはいけない、ということになります。勿論支持する議員に、「こういう観点から議論をしてくれ」と伝えるといった手段もあるでしょうが、「調査会のような閉鎖的な所でなくて本会議で討論してみよ」といった声を、請願を出すことで議論の内容を明るみにする必要も、出てくると思います。そもそも請願の採決をするといっても、「採択」と「不採択」だけでなく「継続審査」というのもあるのですから、調査会の審議を尊重するのであれば、請願に対して「継続審査」といった結論も出せる訳ですし、また請願を採択したからと言って、それに対して法的拘束力がある訳でもありません。
     私は何も好んで請願を出している訳ではありません。出す以上相当にエネルギーを使い、心を砕くからです。そのことを議員の人に是非考えて頂きたい訳で、議会のとるべき行動としては「煩い請願を制度的に出させない」というやり方ではなくて、市民が「請願を出す必要がない」と思って貰えるような議論をすることが、大切なのではないでしょうか。

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